川展 日本河川風景二十区分 ―国分かれて山河似る―

川展 番外編: 河川の科学―令和元年台風19号での治水対策について― Part2

今年もまた台風のシーズンを迎えています。 昨年、令和元年10月に発生した台風19号は日本列島を縦断し各地に大きな爪あとを残しました。首都圏を流れる日本一の大河川、利根川でも当時河川の水位が高まり、大規模な氾濫が発生する危険がありました。今年も7月に梅雨前線の停滞により九州をはじめ日本各地で大きな被害が発生しています。

今回は川展の番外編として、河川の災害と治水対策について、利根川上流河川事務所所長(当時)の三橋さんにお話ししていただきました。

Part2: 令和元年台風19号襲来。その時、利根川は

(1) 狩野川台風との比較

三橋さゆり 河川管理者
さて、ここから利根川の歴史的な出水となった、令和元年台風19号の話にうつります。まず、今回の台風ではとにかくこれまでにないような雨が降りました。

三橋さゆり 河川管理者
利根川支川の烏神流川や、渡良瀬川の上流、思川の上流で500ミリ以上の雨が降りました。が、これはとんでもない雨量です。幸い利根川本川の上流の水上では200ミリ程度だったので、助かりました。そこで同じように降っていたらあぶなかった。

三橋さゆり 河川管理者
また、利根川の場合は、カスリーン台風も含めた今までの洪水パターンを見ていると、雨が降っている時間が3日間近くということが多く、3日間降雨を前提としながらいろいろなことを決めていました。それが、今回は24時間で、これだけの雨量がほぼ降りきってしまいました。総雨量をみると、カスリーン台風では八斗島上流の平均雨量が309ミリだったのに対し、台風19号では310ミリと、ほぼ同じぐらい降ったのです。

 

三橋さゆり 河川管理者
カスリーンでは3日間近くかけて降った量が、今回はほぼ1日で降りましたから、今までとパターンが全然違いますし、驚きの雨量でした。10月11日(金)の段階で、気象庁から流域平均が300ミリを超えると言われていて、聞いた時には何かの間違いかと思いましたが、本当になってしまいました。

(2) 緊迫の水位上昇

三橋さゆり 河川管理者
その結果が、図の本川のデータです。計画高水位が赤です。なんと川俣地点で計画高水位を超えました。7.46メートルに対して50センチ以上高い水位を記録しました。栗橋もギリギリの水位でした。正直言いますと、こんなにも簡単に、利根川本川で計画高水位を超えるようなことが、それも私がその現場にいるときにあるとは思ってませんでした。いろんな先生方、先輩方にも来ていただいていましたが、「まさか本川が計画高水位までいくとは」という感じでした。

 

三橋さゆり 河川管理者
水位のピーク時間としては日付が変わったくらいからですね。八斗島が23時、古戸が翌1時、となっています。到達時間が早かったです。短時間に大量に降っているので、水位の上がり方がものすごく早いのです。今でも夜中に目が覚めるくらいあの緊迫感は忘れられません。私の役割のひとつに、流域自治体に対して情報を出すことがあります。協定を結んでいる市長さん、町長さんと200回くらい電話でやりとりをしました。さきほど見せた浸水想定区域図がありますが、我々の方で水位を予測するわけです。法律に基づいた洪水予報などの情報提供はもちろん出しますけれど、それよりも早い段階で水位予測を電話で連絡して回りました。

三橋さゆり 河川管理者
ある時に、栗橋で水位が11メートルほどになると予測が出まして、それはもう堤防を越える高さなわけです。昭和22年以降利根川では決壊はなかったけれども、今年ついに起こってしまうのかと、覚悟を決めて各市町村へ電話をしました。この時の心境は本当に忘れられません。しかし、幸い水位予測が外れて、予測よりも下回ってピークを打って、なんとか越流、破堤せずに乗り切りました。そんなこんなで3時を過ぎて、夜が明けて10月13日の午前6時に栗橋の観測所付近で撮った写真がこれです。かつて誰も見たことのない、利根川では経験のない流量が流れていました。

(3) 緊迫の夜が明けて

三橋さゆり 河川管理者
写真奥が上流です。JR東北本線の橋梁が見えます。端っこの方に細く、堤防が見えています。川幅が700メートルほどありますが、一面濁流でした。流心へ行って上流を見てみると、直径が10メートルから20メートルほどのボイルが上がっていました。恐ろしい光景でした。これが朝の6時のことで、何とか生きて帰れるかなという感じでした。

北河大次郎 ドボ博館長
ボイルって何ですか?

知花武佳 河川研究者
上向きの流れです。交互砂州を見つけた木下良作先生が、流量観測をしていたところ水深スケールで、渦が交互にできています。下から湧き上がってきてぽわっと出てくるんです。

磯部祥行 編集者
「沸く」のボイルですか?

知花武佳 河川研究者
はい。お風呂の浴槽で、湯船の中で手を上下すると再現できます。手を思いきり上げるとボイルができます。逆に、手を思いきり下げると、くるくるっとした、指を突っ込んだような小さな渦ができて、それは下降流といいます。河童が足を引っ張るといわれる流れですね。

知花武佳 河川研究者
下降流のくるくるとした渦ができる所と、ボイルのもわもわとした渦ができる所は交互になっているはずで、下降流ができる所は流木が集まって、一直線に並ぶんです。沈み込みの所に集まってくるんです。

三橋さゆり 河川管理者
下から何かが出てくるような感じで、丸い渦がわーっと出て、消えてを交互に繰り返すんです。流心の一番流速が速そうな、深い所へ行きました。その辺りを見ていたらすごかったです。

小野田滋 元国鉄職員の人@豊川
場所は一定ではない?

知花武佳 河川研究者
一定ではないですが、ボイルが出るゾーンは決まってきます。

三橋さゆり 河川管理者
あるエリアに交互に出てきますね。とにかく私も今回初めてボイルを見ました。ある意味貴重な経験でした。

三橋さゆり 河川管理者
今回の台風でこの写真ほどの水量が流れたのは前代未聞です。実はカスリーン台風は上流の群馬の方で氾濫していました。上流で氾濫していますから流量も少ないんです。当時は川幅も狭いですし、堤防も小さいし、利根川は今よりも小さい川でした。そういう意味では、今回の台風はカスリーンの時よりもとんでもないボリュームが流れているのです。もしも水が堤防を越えていたら、リスクという意味でのポテンシャルの大きさはカスリーン台風以上です。非常に危険な状態だったと思います。

(4) 氾濫の跡、ダムのはたらき

三橋さゆり 河川管理者
洪水の後の堤防の写真です。ここは川俣の計画高水位を超えた辺りの、伊勢崎線の所です。

知花武佳 河川研究者
きれいに線がでてますね。

三橋さゆり 河川管理者
今回の台風の最高水位の高さに付いたゴミです。羽生の辺りは一番水位が高い所だったので、堤防の天端近くまで川の水位が来ていたことが分かると思います。

三橋さゆり 河川管理者
そしてダムの状況。貯水量は、利根川上流で1.45億トン、そのうち半分くらいを貯めたのは八ツ場ダムですが、このように各ダムで貯めていました。

三橋さゆり 河川管理者
渡良瀬遊水地では、1.6億トン貯めました。赤い所が先ほど説明した調節池化した所です。全体では1.7億トンまで貯められますが、今回95%まで入りましたがこれも前代未聞です。今まで一番入った量が、4年前の平成27年9月関東・東北豪雨で約1億トンでしたが、それを大きく上回りました。

三橋さゆり 河川管理者
八ツ場ダムは10月1日から試験湛水を開始していました。12月いっぱいくらいで貯まるかなと思っていましたが、なんと10月15日に満水になりました。

三橋さゆり 河川管理者
こうしてみると、カスリーン台風以降、引提、築堤、ダム、遊水地の調節池化など、70年以上の長い時間をかけていろいろ合わせ技の事業を脈々と行ってきました。今もまだその途上ではあるのですが、これらの事業がちょうどこの台風19号にきっちり間に合って成果を発揮して、今回ギリギリセーフで災害を回避できた、というのが私の正直な気持ちです。これまで事業を進めてきた人たちに感謝しかないですし、またその事業のために大切な土地を提供してくれた方々には、頭が下がる思いです。

(5) 情報伝達の問題

知花武佳 河川研究者
10月12日のお昼ころは、スマホを見ていると1時間単位で何ミリ降るか予報が出ていましたね。その割にテレビでは「今回の台風は狩野川台風クラスだ」とか、「関東圏が危ない」くらいの報道で、普通に考えたらミリ単位の降雨量があるのだから、全部降らせたときにどこが溢れそうかくらい分かっているはずなのに、氾濫についての情報が一切出なかったですね。テレビでは「この調子で行くと多摩川が溢れる」とか、「利根川が危ない」という話は、あんまり聞かなかったように思います。

三橋さゆり 河川管理者
普通の人は早い段階で水位を見たらまだ余裕があるなという感じでしょうね。上で今何ミリ降っているからそのうちそれが来るだろうと分かるのは、我々のような専門的な知識がないとピンと来ないですよね。なかなか一般の人には難しいところですね。

知花武佳 河川研究者
でも、そうした氾濫しそうだという情報は、市長など各自治体のトップには行くわけじゃないですか。

三橋さゆり 河川管理者
そうですね。そこから一般の人へ発信される情報は避難指示をするかしないかの結論だけで、とても説明をしている余裕がないですね。

知花武佳 河川研究者
そうなってしまうんですね。そのギャップがなんとももどかしいです。

三橋さゆり 河川管理者
実は、利根川が氾濫しそうな状況であることは、夜中に国交省から記者発表されているのですが、マスコミでは取り上げられなかったですね。他の河川での被害など情報が重なったせいなのか、それとも「利根川が氾濫」というのが想像の域を超えていたのか。そこも不思議です。

(6) 避難指示のタイミングが遅れた理由

三橋さゆり 河川管理者
この図は先ほどの広域避難協議会が台風19号後にまとめた資料ですが、避難に至るシナリオで、まんなかの矢印が時間軸になっています。時間が進むにつれて水防団待機水位、氾濫注意水位、と段々水位が上がってきます。過去の洪水実績を元に氾濫発生から遡って想定していたシナリオがありました。一番右側が市町の動きを表していて、大体30時間前に参集して、自主的判断をして・・・という流れを考えていました。

三橋さゆり 河川管理者
グレーの部分は、水位上昇の時間イメージを表しており、シナリオでは水防団待機水位から氾濫注意水位までに9時間、氾濫注意水位から避難判断水位まで12時間、避難判断水位から氾濫危険水位まで3.5時間かかる想定でした。

三橋さゆり 河川管理者
ところが今回の台風では、水防団待機水位から氾濫注意水位まで3時間、氾濫注意水位から避難判断水位まで2.5時間、避難判断水位から氾濫危険水位まで1時間というスパンで進んでいきました。この速さで進んでしまうと、市町の動きとしてこれまでの想定では対応するのが困難なわけです。あまりにも水位上昇が速過ぎて、厳しい状況でした。

三橋さゆり 河川管理者
今回の広域避難を含め各市町では避難指示が出されましたが、避難した地元の人たちから「なんでこんな夜中に」「大渋滞が起きて避難できない」などと苦情が出たそうです。しかし、このような水位の上昇はこれまでなかったことですので、やむを得なかったと思います。むしろ、初めての広域避難を決行されたのは素晴らしかった。広域避難協議会では、今回のことを踏まえて、想定よりも非常に速く水位が上昇してしまうような事態が今後も起こる可能性があると考え、もっと早い段階から避難の準備ができるようにシナリオを早急に組み替えました。

知花武佳 河川研究者
マイ・タイムラインをどうしようかなと思います。マイ・タイムラインとは、何時間前に何をするのかを決めておく個人ごとの行動計画のことです。今までの想定シナリオでもカスリーン台風の時と比べてのんびりしているんじゃないかと思っていましたけれども、今回のような水位上昇パターンだと、マイ・タイムラインが作れなくなってしまいますね。

三橋さゆり 河川管理者
人口が集中している都市圏でも、より早い段階で避難の判断をする仕組みに変わりつつあります。

(7) 洪水の予測について

北河大次郎 ドボ博館長
栗橋が破堤せずに済んだ理由の一つとして渡良瀬貯水地への逆流があったということですが・・・

三橋さゆり 河川管理者
やはり渡良瀬川の合流部で滞留しています。恐らくそれで利根川のピークが予想ほど上がらずに済んだのだと思います。

北河大次郎 ドボ博館長
もともとそういう計画だったわけではないですか?

三橋さゆり 河川管理者
違います。計画上は洪水時の渡良瀬川の流量は全量遊水地で貯留し、利根川本川には洪水が流入しないとしています。でも実態は、雨の降雨量でケースバイケースですし、利根川に降る雨と渡良瀬川に降る雨のどちらかの雨が早く降るか遅く降るか、時間的な差もあります。今回は本川のピークが上がって流量が多かったので、遊水地へ逆流したと思われます。

小野田滋 元国鉄職員の人@豊川
そうした洪水のシミュレーションをしているわけですか。

三橋さゆり 河川管理者
はい。いろいろな条件で計算ができます。

小野田滋 元国鉄職員の人@豊川
リアルタイムで計算しているのですか。

三橋さゆり 河川管理者
リアルタイムで複雑なシミュレーションはしていないです。リアルタイムでは流量を測る流量観測をしています。浮子を投げて一定の距離を何秒で通過するかを測り、流速を測ります。今回はあまりの暴風雨でできませんでしたが。

大村拓也 土木な写真家
センサーで自動的にできるシステムがあればいいですね。

三橋さゆり 河川管理者
そうですね。

大村拓也 土木な写真家
ドローンを飛ばすわけにも行かないですよね。水位の観測はどうにかできると思うんですが、流速も観測できれば、かなり精度の良い予測がリアルタイムもできるようになりますよね。

知花武佳 河川研究者
今だいぶやりつつあると聞いていますよ。予測雨量を基にどのくらいの流量が出るかを予測します。

三橋さゆり 河川管理者
今回の台風19号では降雨予測は当たっていたというのが感想です。当初の流域平均300ミリというのも当たっていましたし、3時間ごとの雨域も当たっていた。土曜日の夜中に雨域が利根川から抜けるという予報も当たっていました。
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