“恋慕する大地へ”

遠いむかし、日本の国土は伊邪那岐と伊邪那美の夫婦神によって生み出された。 まずは、淡路島が生み出され、次に「身一つにして面四つ有り」の国が誕生した。「四つ面」にはそれぞれ男女の名がつけられ、ある男子は飯依比古(いひよりひこ)、ある女子は大食で食べ物が豊かな土地という意味の大宜都比売(おほげつひめ)と名付けられた。あとのふたりは、雄々しいひとという意味の建依別(たけよりわけ)、いい女という意味の愛比売(えひめ)であった。

彼らに備わった屈強で豊潤な体は、そこでくらす民に豊かな恵みをもたらす一方、少なからず災いをもたらした。そこで民たちは畏怖の念を抱きつつ、大地を削り、川をせき止めることで平穏な日常の実現を目指した。まるで<外科手術>をするかのように。

腕利きの<外科医>は多く存在したが、その筆頭はといえば空海だろう。古来より降雨が少なかったこの国の一部には干ばつを防ぐことを目的に、たくさんのため池がつくられてきた。そのひとつに満濃池がある。この池は多くの水を貯める一方、雨が降ると水が膨れ上がり、下流の村を襲った。農民たちはありがたがりつつも雨季になれば根こそぎ自分たちの生活を流してしまう凶暴なちからにたえず怯えていた。そこで外科医空海は、水圧に耐えるアーチ型の堰堤の建設を指揮し、降雨によって破堤しない池をつくりあげた。

この外科医はひどく慕われた。空海をこの地に招くために国司へあてられた嘆願書には「百姓恋ヒ慕ウコト父母ノ如シ」との記述が残されており、当地にゆけば、いまもお大師さん、お大師さんと呼ばれる「恋慕」の対象となっている。

その後目まぐるしくかわる時代のなかでも、各時代の名医たちが持てるちからを最大限発揮し、大胆かつ精緻な外科手術がさまざま施された。ある者は海を埋め立て干拓し、またある者は夢のような長大橋を架け、「四つ面の国」はいよいよ豊かになった。そう、これがいまの、香川、徳島、高知、愛媛である。

「四国インフラ解剖」展では、こうした「四つ面の国」を、図面をはじめとした豊富な<執刀記録>や、険しい山中に分け入って撮影した<術後の経過写真>、はたまた地形の姿を浮かびあがらせる<レントゲン写真>や、まちの情景が目の前にひろがる文章を含む<執刀解説書>によって<解剖>する。

本企画展では、先に述べたような<名医>の執刀はもちろん、無名の、でも確かな腕をもつ<町医者>による執刀も取り上げている。山際を削ってならして石を積み、流れる川に板をわたして橋をかける。こうした「四つ面の国」に寄り添う者が施した<骨格>を読み切った<小さな手術痕>は、一見すると見逃してしまう。ただ、まるで我が子を世話するかのように大切に石が積み直される様子や、流れた木板をみなで架け直す現場をみるたび、インフラを愛おしく慕う地域の風景こそが「四つ面の国」という生命体の個性なのだと感じる。

さあ、「恋慕する大地へ」、おいでんよ。(白柳)

 

参考文献
司馬遼太郎:街道をゆく14南伊予・西土佐の道,朝日新聞出版、2008.
司馬遼太郎:空海の風景、中公文庫、1994.

図版提供:アジア航測株式会社 陸域DEM:NASA SRTM1 海域DEM:海上保安庁M7000を使用


四国インフラ物件の選定にあたり重視した観点

1. 人体組織と関連付けて説明することのできる、四国の主要インフラ又は地形であること。
2. 土木学会の賞を受賞していること。
3. 土木学会附属土木図書館デジタルアーカーブに画像資料があること。

 


協力機関

アジア航測株式会社
愛媛県南予地方局須賀川ダム管理事務所
愛媛県立図書館
石井敏雄氏
伊予史談会
宇和島市水道局
神例造船株式会社
京都府立京都学・歴彩館
高知県教育委員会
高知県立図書館
高知市立市民図書館
国土交通省四国地方整備局大洲河川国道事務所
国土交通省四国地方整備局徳島河川国道事務所
国土交通省四国地方整備局那賀川河川事務所
国立公文書館
四国旅客鉄道株式会社
関田克孝氏
つるぎ町商工観光課
徳島県
徳島県立文書館
徳島市水道局
とくしまマルシェ
徳島県県土整備部
とさでん交通株式会社
独立研究開発法人土木研究所
中筋川総合開発工事事務所
中土佐町教育委員会
ネコ・パブリッシング
橋の博物館とくしま
美馬市美馬市教育委員会 文化・スポーツ課
株式会社若竹まちづくり研究所

 


制作チーム

大村拓也(撮影)
大山宗哉(ウェブデザイン)
尾崎信(企画調整、執筆)
尾野薫(企画調整、執筆)
片岡由香(執筆)
金子玲大(執筆)
白柳洋俊(全体総括、執筆)
板東ゆかり(執筆)
渡邉岳生(ウェブデザイン)

制作協力

井若和久
小野田滋
坂井繭美
崎谷浩一郎
真田純子
重山陽一郎
菅井牧子
田地竣
高橋恵理
千葉達朗
西山穏
ノリプロ株式会社
八馬智
藤原駿
曲田清維
松本啓治
ヤックル株式会社
谷野正和
山田裕貴

 


参考文献

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山本淳一:土佐電気鉄道 上・下,ネコ・パブリッシング,2016.
2017年度デザイン賞選考小委員会・運営幹事:土木学会デザイン賞2017 作品選集,公益社団法人土木学会 景観・デザイン委員会,2018.

香川県名所交通屋島史蹟鳥瞰図.
香川県歴史博物館所蔵:高松城下図屏風.

株式会社イチバンセン: https://www.ichibansen.com/nakamura-station
北村征也:土木学会 四国支部「土木紀行」 No.48,(徳島県),http://doboku7.sakura.ne.jp/kikou/dobokukikou48.pdf
真田純子:土木学会 四国支部「土木紀行」 No.43,(徳島県),http://doboku7.sakura.ne.jp/kikou/dobokukikou43.pdf
徳島県観光情報サイト「阿波ナビ」:https://www.awanavi.jp
橋の博物館とくしま:http://www.pref.tokushima.jp/bridge
まち再生事例データベース「事例番号123 川を活かしたまち再生(徳島県徳島市・新町地区)」,http://www.mlit.go.jp/crd/city/mint/htm_doc/pdf/123tokushima.pdf

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