四国インフラ045 明治橋

<細胞>の特性を読み切った<循環器>


明治橋は、昭和5(1930)年に八幡浜市をながれる千丈川に架かけられた。昭和に建設されたのにも関わらずその名が「明治橋」である訳は、明治時代に架けられた先代の木製トラス橋の名が「明治橋」であり、それを引き継いだためである。

橋はその材料や構造、さらには道路面の位置により形式名がつけられる。例えば、道路面が橋の主構造よりも上にあれれば上路式、下にあれば下路式という具合である。この分類にしたがえば、鉄筋コンクリートでつくられたアーチの下に道路面がある明治橋は、鉄筋コンクリート造下路式アーチ橋ということになる

下路式アーチ橋は桁の上にアーチが位置するため、桁に荷重がかかると引張力がはたらく。コンクリートは引張力に弱いという性質があるため、このままでは構造的に成立しない。そこで明治橋では、桁部分に鉄筋を入れることでこの課題を解決した。
明治橋は近代になり、鉄とコンクリートといった<細胞組織>の力学的役割が解明されることで発明された橋梁だといえよう。(白柳)

 

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参考文献

愛媛県教育委員会:愛媛県の近代化遺産 近代化えひめ歴史遺産総合調査報告書,2013.

土木学会編:日本土木史 大正元年~昭和十五年,土木学会,1965.

種別 道路橋
所在地 愛媛県八幡浜市大正町
構造形式 鉄筋コンクリート造下路式アーチ橋
竣工 昭和5(1930)年
規模 橋長25.4m 幅員5.0m
備考 平成22(2010)年選奨土木遺産認定
土木学会選奨土木遺産
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