美濃和紙の
ものがたり

その技術がユネスコ無形文化遺産に登録されている美濃和紙。和紙の生産には、原料である楮・三椏・雁皮のほか、良質で豊富な冷たい水が必要だが、現在の岐阜県美濃市域はその条件を満たし、しかも都にも近かったため、和紙生産地として栄えた。 近世に現在の美濃市街にほど近い上有知(こうずち)湊が長良川の水運の拠点となると、その少し上流で支流の板取川沿い(美濃市牧谷地区)が主生産地となった。ここでは現在でも江戸時代と同じ製法で和紙が漉かれている。

上有知湊からは舟運で広域のネットワークが結ばれて、桑名や四日市、名古屋(熱田)など、伊勢湾の湊町と頻繁に往来した。比較的近い下流では、現在の岐阜市などに運ばれ、提灯や扇子、和傘など美しい製品となった。この川湊から、桑名や四日市、名古屋(熱田)など伊勢湾の湊町へ頻繁に往来した舟運での輸送は、明治時代まで行われたが、1911(明治44)年に美濃電鉄が上有知から岐阜市まで開通し、1916(大正5)年に生産地から上有知の駅へ渡す位置に美濃橋(現存最古の近代吊り橋)がかけられると、岐阜方面へは鉄道輸送されるようになり、産業を加速させた。

江戸時代に豪商の町屋が連なった上有知の「うだつの上がる町並み」では、紙問屋だった旧今井家住宅の障子紙に本美濃紙が使われているなど、和紙取り扱いで栄えた頃の名残がある。また、下流の岐阜市の川湊で栄えた川原町の町並みでは、職人が竹と和紙で数ヶ月かけて完成させた美しい和傘が販売されている。また岐阜市内では、美濃和紙を用いた岐阜提灯を求めることが出来る。

 

(写真提供: 丸重製紙企業組合、撮影: OfficeFujita 藤田豊和)

美濃和紙に関わるインフラ