「とにかく、地下鉄とは地下を走るものである。それが、いちばん高いところにホームがあって、その下に国電と二つの私鉄の高架線がある。さらにその下の路面をバスがのろのろと走り、その下に地下商店街があって、またその下にもう一つ地下鉄がある。といった世にもふしぎな五段構えの立体的な街、それが東京副都心のひとつ、渋谷である。つまり、ここは一種の谷底の街なのである。」(松本清張、樋口清之)
谷底の四方から、<血管>が上下に連結する立体的な結節点。ここでは、駅を中心として、主要道路の狭間に<毛細血管>のような街路が360度広がり、歩くたびに視界が三次元的に変化する。そして、混沌と秩序が交錯する、味わいのある都市空間が目の前に拡がる。同じく<循環器系>の要の新宿とは、空間の構成も趣も大きく異なる。
「渋谷の駅前の大交差点は、かつては水の底にあり、そのまわりを宮益坂側からと道玄坂側からと、ふたつの方角からのなだらかな斜面が、取り囲んでいた。その斜面に、古代人は横穴を掘って、墳墓をつくっていた。・・・渋谷駅とその前の大交差点のあたりは、こうして長いこと、死霊に見守られ続けていたのである。」(中沢新一)
常に装いを変えるスクランブル交差点周りであっても、場所の記憶は大地にしっかりと刻み込まれているようである。この谷底の喧騒は、同じく谷底につくられ、死の臭い漂うローマ・コロッセオの熱狂を想わせる。いずれも、谷になだれ込む水のように、人を引き寄せる魔力をもつ。そして、洪水がおこるたびに、谷地の宿命が浮かび上がる。コロッセオが、今でも豪雨のたびに水がめと化すように、渋谷も豪雨に対しては脆弱である。そのため、今渋谷では、人の流れを水の流れから救うため、谷底の下に大貯水槽がつくられている。
1980年代以降、渋谷ではデパート、映画館、ライブハウスなど様々な文化インフラが整備され、若者文化の発信源となった。何かと新しいものを生み出す創造の現場と化した渋谷は、東京の新たな頭脳、特に<右脳>的な存在といえよう。今ここでは、渋谷区と東急などが連携して、<循環器系>と<右脳>の機能を強化する一大プロジェクトが進行中である。(北河)
松本清張、樋口清之:東京の旅、光文社文庫、1985.
中沢新一:アースダイバー、講談社、2005.