「パリにはもうひとつのパリ、下水道のパリがある・・・。この下水道のパリにもそれなりの通り、十字路、広場、袋小路、幹線道路などがあり、往来が、ただし泥水の往来がある・・・。下水道だけでセーヌ両岸の地下に驚異的な暗黒の網目を織りなしているのである。そこはただ傾斜だけが心もとない道しるべになっている迷路なのだ。」(ヴィクトール・ユゴー)
普段は見えない下水道のネットワーク。大都市の地下には、地上とは異なるミステリアスな世界が広がっている。東京区部では、パリの6倍以上の長さ約16,000kmの「暗黒の織目」が拡がっている。下水が100%普及した今日でも、ゲリラ豪雨などに対応するため、ネットワークは拡張し続けている。
和田弥生幹線は、豪雨時、水位の増した神田川に吐き出すことのできない逃げ場のない雨水を、一時貯留する巨大な下水道管である。神田川沿いの低地に広がる密集市街地に、地面から約50mの深さにつくられた。技術的には、立坑を介さず直接接合された大口径の管や、大深度地下まで水をらせん状に落とし込み落下の衝撃を和らげる仕組みなどが見どころである。
「地下道の角を曲がると、通気口から漏れてくるぼんやりとした微光が消え、闇のカーテンがふたたび彼をおおって、またもやなにも見えなくなった。」(ヴィクトール・ユゴー)
径が小さい神田下水では難しいが、和田弥生幹線ならば、下水道を逃走するジャン・バルジャン(「レ・ミゼラブル」)やオーソン・ウェルズ(映画「第三の男」)の水をはじく足音が、まるで遠くから響いてくるかのような錯覚に陥ってしまう。ただ、ここまで巨大で無機質な空間になると、人間臭いドラマよりも、宇宙モノのSF映画の方がお似合いなのかもしれない。(北河)
ユゴー(西永良成訳):レ・ミゼラブル5、ちくま文庫、2014.
種別 | 下水道管 |
所在地 | 東京都杉並区 |
構造形式 | 鉄筋コンクリート造 円形 |
規模 | 延長2.2km |
竣工年 | 2006年 |
管理者 | 東京都 |
設計者 | 東京都 |