東京インフラ088 内濠
太田道灌時代の江戸城は、平川の付け替えにより日比谷入江から神田川との合流点までの南・東・北三方を河川で、西側は崖線で防御をはかった。 徳川幕府はいち早く日比谷入江を埋立て道三堀の整備に着手するが、かつて氷河期に侵食された […] ...
東京インフラ014 小名木川・小松川・船堀閘門
荒川放水路は、市街地の外側につくられたが、それでも長さ22km、幅500mに及ぶ水路をつくるのに、既存の集落やインフラを避けて通ることはできなかった。国土交通省のデータによると、放水路建設に伴い、22の社寺と約1300世 […] ...
東京インフラ048 岩淵水門
隅田川と荒川放水路の分岐点につくられた水門。増水時に水を放水路に分派し、隅田川の氾濫を未然に防ぐ。<骨>の結節点につくられた、<関節>のようなものである。 荒川放水路工事を担当した青山士(あきら)が手がけた水門は、198 […] ...
東京インフラ013 荒川放水路
今は荒川の本流だが、もともと隅田川から分岐する水路として人工的につくられた。世紀のプロジェクト・パナマ運河の建設に携わった唯一の日本人技術者・青山士(あきら)が指揮して、この東京の大工事は完成した。長さはパナマ運河の約1 […] ...
東京インフラ084 外濠
皇居(江戸城)を中心に環状に広がる、かつての江戸の防衛線。濠に張られた水面と、見附での往来の制限によって、都市の重要な境界線となっていた。江戸時代には、江戸の地理を認識するための、重要な目印だったと考えられる。今でいうと […] ...
東京インフラ026 神田川
井之頭池を水源とし、武蔵野台地を横断する都市河川。この川も利根川と同じく、家康が江戸に入る前は東京湾(日比谷入江)に注ぎ出ていたのを ━当時は平川とよばれていた━、<外科手術>を経て、隅田川に合流するよう付け替えられた。 […] ...
東京インフラ061 国分寺崖線
武蔵野台地は、厚い火山灰の層・関東ローム層で覆われ、地下水脈が深い。そのため、かつては水を求めて大きく深い井戸が掘られた。これは「掘兼(ほりかね)の井」と呼ばれ、 「武蔵野の 掘兼の井も ある物を うれしく水の 近づきに […] ...
東京インフラ055 多摩川
ロンドンのテムズ川、パリのセーヌ川とくれば、東京では隅田川ということになるだろう。ただ東京の場合、もう一つ重要な川がある。多摩川である。この川は、広大な武蔵野台地をかたちづくり、武蔵の母なる川と呼ぶにふさわしい歴史を歩ん […] ...
東京インフラ042 上野台地の崖線
台地と低地のせめぎあいがつくりだす優美な曲線。しなやかな鶴の首を想わせる。氷河期後の地球温暖化によって、氷が溶け出して海面が上昇し、押し寄せる波が長い時間をかけてこの崖を作り出した。 京浜東北線は、この崖下を上野駅から赤 […] ...
東京インフラ007 隅田川
東京の地形をつくりだした立役者。利根川水系とともに、川下に広大なデルタ地帯を形成する低地の軸線で、東京湾の水面下では多摩川、渋谷川、目黒川などと合一する。これは、<背骨>の役割である。また台地では、隅田川の支流が水の流れ […] ...