ドボ鉄004淀川のトラス橋


絵はがき:上淀川橋梁(大阪府東淀川区~北区)

 東海道本線は、大阪駅を間に挟んで、淀川を2回渡る。上流側(東京方)に位置する橋梁が上淀川橋梁、下流側(神戸方)に位置する橋梁が下淀川橋梁で、広々とした河川敷を眺めながら颯爽と淀川を渡ると、いよいよ大阪へ着いたという実感がわいてくる。
 上淀川橋梁には現在、東海道本線(複々線)、梅田貨物線(複線)の合計6本の線路が通るが、このうち東海道本線の上り内外線が使用しているトラス橋は、1901(明治34)年にアメリカのA&Pロバーツ社ペンコイド工場で製造された支間100フィート(約30m)の複線プラットトラスである。
 1896(明治29)年、内務省の直轄事業として淀川の河川改修が始まり、「新淀川」と呼ばれる現在の淀川が開削され、東海道本線の上十三川橋梁も架け替えられた。この時代まで、鉄道橋梁の設計はイギリス流が基本であったが、上淀川橋梁は、アメリカの橋梁技術者であるセオドア・クーパーとチャールズ・コンラッド・シュナイダーの両氏に設計が委嘱され、クーパー荷重と呼ばれる活荷重を採用するとともに、その後のスタンダードとして普及した。アイバーによるピン結合を多用したアメリカ流のトラス橋にあって、支間の短い上淀川橋梁ではリベット結合を用いたのが特徴である。
 明治末~大正初期に撮影された「進行中の汽車」と題した絵葉書では、22連にわたって延々と続く上淀川橋梁を、蒸気機関車が轟然と渡っている。今や通勤電車がひっきりなしに通過する上淀川橋梁であるが、 トラス橋の姿は昔も今も変わらない。(小野田滋)(「日本鉄道施設協会誌」2007年9月号掲載)

 

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Q&A

文中の専門用語などを解説します

Q

アイバーとリベットについてもう少し詳しく教えてください。

A

 アイバー(Eyebar)は、トラス橋を構成している部材の一種で、目玉のような部分にピンを通してトラスを組み立てるので、「アイ(眼)」「バー(棒)」と呼んでいます。よく使われる部材であったため標準寸法が規格化されていました。明治時代のアメリカ型やドイツ型のトラスでよく用いられましたが、目玉の部分が緩みやすく、明治末には廃れてしまいました。
 リベットは、鋲で部材を接合するのですが、接合する部材を重ね合わせて、穴に鋲を通してその片方の頭を熱し、ハンマーで熱した頭をつぶします。熱した鋲が冷える時に縮むのですが、その収縮する力を利用して部材を締め付けて固定します(リベットを締め付ける作業を「絞鋲」(こうびょう)と言いました)。鋲の頭がブツブツのように目立つので、すぐにわかります。(小野田滋)


”上淀川橋梁”番外編

師匠とその弟子・小鉄が絵はがきをネタに繰り広げる珍問答

小鉄

師匠、アメリカ型トラスって、イギリス型とは違うんですか?

師匠

明治時代の日本は、トラスが国産化できなかったので、外国から輸入していたんだ。はじめはイギリスから輸入していたが、明治30年頃からアメリカに移っていった。

小鉄

何か違いがあるんですか?

師匠

イギリス型は経験を重んじる保守的な設計だったから、少し古いスタイルで、部材も太めだった。

小鉄

伝統の国ですね。

師匠

それに比べて、アメリカ型は合理的な設計だったので、大柄だが部材も細目でスマートな設計だった。

小鉄

頭が固くてメタボな師匠はイギリス型で、何でも合理的でスマートな私はアメリカ型ってことですかね。

師匠

お前さんは、軽薄短小なだけだ。

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