古い絵葉書の中には、水害や地震など、災害をテーマとしたものがいくつかあり、惨状を伝える手段として頒布されていた。今回紹介する絵葉書は、1934(昭和9)年、石川県の手取川流域を襲った水害の際のもので、濁流に流された能美電気鉄道の天狗橋(岩本~本鶴来間)をとらえている。
1934(昭和9)年7月10日夜、発達した梅雨前線により新潟県から北陸地方にかけて豪雨が襲い、11日朝には手取川の堤防が決壊して、死者行方不明者112人を出す大惨事となった。また、鉄道関係でも手取川に架かる能美電気鉄道・天狗橋の一部が流失した。
写真は、手取川の右岸の上流方から撮影した天狗橋で、流失した橋梁の先には、この路線で唯一のトンネルであった天狗山トンネルの坑口が見える。また、手前に残るトラス橋の向こうには、押し流されたトラス橋の姿があり、水害の凄まじさを物語っている。氾濫した手取川の水勢は、なおも衰えることなく、容赦なく天狗橋に襲いかかっている。
手取川流域の被害が甚大であったのは、源流近くの残雪が温度上昇で急激に溶け出したことと、豪雨が重なったためとされた。この災害を契機として内務省(のち建設省)の直轄による手取川改修工事が開始され、堤防や治水ダム、砂防堰堤などの整備が行われて今日に至っている。(小野田滋) (「日本鉄道施設協会誌」2007年6月号掲載)
Q&A
1934(昭和9)年は室戸台風の年だと思いますが、手取川の水害も室戸台風ですか?
同じ年ですが、室戸台風とは別です。手取川の水害は7月10~11日で、室戸台風は9月21日です。昭和の三大台風のひとつとして知られる室戸台風(他に枕崎台風、伊勢湾台風)は、室戸岬に上陸して淡路島を通過し、京阪神地方を襲ったのち若狭湾へと抜けました。台風の通過により、岡山県、鳥取県、京都府北部では豪雨による水害が発生し、京阪神地区では暴風雨が吹き荒れて家屋が損壊しました。また、東海道本線の瀬田川橋梁では東京発、下関行の下り急行第7列車が強風によって脱線転覆し、3両目以下の9両の客車が横転して、死者は11名、負傷者は195名に達しました。このほか、大阪電気軌道(現在の近鉄奈良線)では、今里~布施間で強風により電車が横転し、20名が負傷しました。(小野田滋)
”旧北陸鉄道能美線・天狗橋”番外編
師匠、能美電気鉄道って会社名ですけど、「能」は「能登」(石川県)、「美」は「美濃」(岐阜県)の頭文字で、能登と岐阜を結ぶつもりだったんですか?
それは、考え過ぎだ。「能美」はこの地方の固有の地名で、「美しき能国(よきくに)」に由来すると言われておる。九谷焼の産地として有名な地域だ。
天狗橋の区間は1932(昭和7)年1月に開通して、手取川の水害が1934(昭和9)年7月だから、わずか2年半で失われたことになりますね。
構造物としては短命だな。能美電気鉄道で最長の橋梁だったから、関係者はさぞかしショックだったろうね。
まさか、頑丈なトラス橋が流されるとは思わなかったでしょうね。
大きな被害を受けると、そのまま廃止されてしまう鉄道もあるくらいだから、経営も大変だっただろうな。
水害でトラス橋が流されてしまうことは、時々あるんですか?
めったにないことだが、1982(昭和57)年に東海道本線の富士川橋梁のトラスが落橋したことがある。トラスそのものが流されるのではなく、橋脚が押し流されて、結果的にトラスも落橋してしまった。
津波もそうですけど、水の力はすごいんですね。
ああ、特に地元で「暴れ川」と呼ばれる川は要注意だな。