ドボ鉄069郊外電車と「キネマの天地」

絵葉書:東急電鉄池上線・池上駅(東京都大田区)


 1922(大正11)年に蒲田~池上間で営業を開始した池上電気鉄道は、都心をめざして線路を延仲し、1928(昭和3)年には五反田~蒲田間の延長10.9kmが全通した。「池上停車場及電車々庫」と題した絵葉書には、池上駅と「池上電鉄車庫」と書かれた車両基地を背景として、単行の電車が進行している。池上駅にあった車庫は、1927(昭和2)年8月までに調布大塚へ移転すること(現在の雪が谷検車区)、開業時に駿遠電気から譲渡された乙号電車が写っていること、線路がまだ単線であることなどから、蒲田~池上間の開業間もない頃の撮影と推察される。 
 当時、池上電気鉄道のターミナルだった蒲田駅の近くには、「キネマの天地」と称された松竹蒲田撮影所があり、「虹の都」と歌われ日本映画の中心地のひとつとして栄えた。池上電気鉄道では、会社の宣伝を兼ねて自社の路線をロケ地として提供したが、これは現在のロケーションサービスの走りでもあった。
 小津安二郎監督の『生まれてはみたけれど』(松竹蒲田・1932)という作品では、郊外住宅地として開けつつあった池上電気鉄道や目黒蒲田電鉄(東京急行電鉄の前身)の沿線が舞台となり、線路端の新居(蓮沼駅の周辺といわれる)に引越してきたばかりのサラリーマン一家の悲哀を描いた。映画では、背景に池上電気鉄道の電車が頻繁に通過するが、小津組の名カメラマンとして撮影を担当した厚田雄春の回顧談によれば、電車が通過するタイミングをみはからってカメラを回したとしている。
 1923(大正12)年に発生した関東大震災の被害や、都心の人口増加とそれに伴う住環境の悪化、郊外鉄道の発達などを契機として、人々は健康的な生活を求めて都心から環境の良好な郊外へと移り住むようになり、池上電気鉄道の沿線も宅地化が進んだ。絵葉書ではまだ車庫の周辺に農地が広がり、東京近郊ののどかな雰囲気を今に伝えている。池上電気鉄道は、さらに山手線を越えて白金方面への進出をめざしたが実現せず、1934(昭和9)年に目黒蒲田電鉄に吸収合併されて同社の池上線となった。 (小野田滋)(「日本鉄道施設協会誌」2020年4月号掲載)

 

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Q&A

文中の専門用語などを解説します

Q

鳥瞰図には池上~大森の計画線が描かれていますが、実現したんですか?

A

いいえ、実現しませんでした。池上電気鉄道には、いろいろな計画があったのですが、結果的に蒲田~五反田を結んだだけで終わってしまいました。ただ、雪が谷~国分寺(中央線)を結ぶ計画は、雪が谷~新奥沢までの1.4km区間だけが1928(昭和3)年に開業しましたが、目黒蒲田電鉄に合併されたのち、1935(昭和10)年には廃止されました。新奥沢駅の跡地(世田谷区東玉川2丁目)には、玉川地域活動団体連絡協議会によって建立された「新奥沢駅跡」と書かれた石碑が建っています。(小野田滋)


”東急電鉄池上線・池上駅(東京都大田区)”番外編

師匠とその弟子・小鉄が絵はがきをネタに繰り広げる珍問答

小鉄

池上線と言えば西島三重子の「池上線」ですね。

師匠

古い電車のドアのそば~♪……って、45年前の歌だぞ。この歌を知ってるってことは、さては昭和の生まれだな。

小鉄

有名歌手がカバーしながら歌い継がれている曲だから、僕らの世代でも知っていますよ。

師匠

今も3両編成の電車が住宅街をのんびり走っていて、作曲された頃の風情がただよう路線だ。

小鉄

でも、池上線の五反田駅は、なぜ山手線の真上を跨いでいるんですか?

師匠

少し前まで銀座線の渋谷駅も真上にあったが、東側に移転してしまったから、山手線を跨いでいるのは五反田駅だけになってしまったな。

小鉄

乗り換えに便利だったからですか?

師匠

いや。解説にもあるが、池上電気鉄道は、山手線を越えて白金方面へ線路を伸ばすつもりだった。

小鉄

ええっ!そんな野心があったんですか⁉

師匠

結局は実現しなかったが、山手線を跨ぐ五反田駅はその心意気を今に伝えていることになる。

小鉄

そう言えば、池上線の御嶽山駅も、東海道新幹線の真上に駅がありますよね。

師匠

よく調べたな。だが、御嶽山駅は池上電気鉄道が先に開通して、1929(昭和4)年に品鶴線がその下をくぐり、さらにそれを拡幅して1964(昭和39)年に東海道新幹線が開業した。

小鉄

あとからできた鉄道が下をくぐることもあるんですね。

師匠

たいていは、五反田駅のように、後からできた鉄道が先輩の上を跨ぐんだがな。

小鉄

なぜ上を跨ぐことが多いんですか?

師匠

列車を走らせながらその下に新しく鉄道や道路を建設する工事は難しくて工事費もかかるが、上を乗り越すのはそれに比べて工事が楽にできる。

小鉄

御嶽山のように、新しい鉄道が下をくぐった場所は、ほかにもありますか?

師匠

関東では高田馬場付近の山手線と西武新宿線があるし、松田付近の御殿場線と小田急の関係もそうだな。関西では山崎付近の東海道本線と阪急京都線の交差がある。

小鉄

必ずしも、後から交差する方が上を跨いでいる訳じゃないんですね。

師匠

地下鉄では逆の関係になり、基本的に先輩の地下をくぐるが、丸ノ内線の四ツ谷駅のように、先輩の上を跨ぐこともある。

小鉄

そう言えば、銀座線の渋谷駅もそうですね。

師匠

それぞれの上下関係には、それぞれの事情があるから、そこを深掘りすると鉄道への興味がひとつ増えるぞ。

小鉄

鉄道の上下関係も、いろいろと複雑なんですね。

東京の民鉄
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