ドボ鉄067大大阪と大阪市電
大阪市は、1923(大正12)年に就任した関一市長のもとで「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれる時代を迎え、1925(大正14)年の市域拡大によって東京市の人口を抜いて日本一の大都会となった。東京や名古屋、京都などの主要 […] ...
ドボ鉄066両国駅と隅田川橋梁
秋葉原駅をはさんで中央本線と総武本線を結ぶ御茶ノ水-両国間の高架線は、鉄道省東京第一改良事務所と東京第二改良事務所により1931(昭和6)年2月に着工して、1932(昭和7)年7月1日に開業した。延長約3kmの高架線に […] ...
ドボ鉄065海外への玄関口
海外への玄関口であった横浜港は、大桟橋だけでは不十分であったため、1899(明治32)年から新港埠頭の造成に着手し、税関の拡張工事を兼ねたこともあって、大蔵省臨時税関工事部(のち臨時建築部)が事業を行った。 新港埠頭に […] ...
ドボ鉄064鶴舞公園のゲート
名古屋市昭和区にある鶴舞(つるま)公園は1909(明治42)年に開設され、その翌年の3月16日から6月13日まで、第10回関西府県連合共進会の博覧会場として使用された。公園の基本設計は東京帝国大学農科大学(現・東京大学 […] ...
ドボ鉄063統合の象徴
名古屋を中心として鉄道網を広げる名古屋鉄道は、周辺の私鉄を合併しながら版図を拡大した。その総仕上げともいうべき事業が、昭和戦前期の交通統制の中で、名古屋と岐阜方面を結んでいた名岐鉄道と、名古屋と知多半島、豊橋方面を結ん […] ...
ドボ鉄062亀ノ瀬トンネルの崩壊
谷崎潤一郎の『旅のいろいろ』という随筆では、関西本線の汽車に乗って大和路へ行くことが桃の花の咲く頃の楽しみとして紹介されるが、そこに「先年地辷り(じすべり)のあった何とか云う村のトンネルを通り、柏原、王寺、法隆寺、大和 […] ...
ドボ鉄061富士山と富士川橋梁
甲府盆地で釜無川と笛吹川が合流し、富士山の裾野を経由して太平洋へとそそぐ富士川は、暴れ川としてたびたび流域に水害をもたらした。その河口部に架かる東海道本線の富士川橋梁は、富士山を背景としていることもあって、1889(明 […] ...
ドボ鉄060難波の殷賑(いんしん)
昭和時代になると、私鉄の終着駅には巨大なターミナルビルが建設されて、その周辺には繁華街が形成された。大阪では、都市計画街路として拡張工事が行われた御堂筋の北端に阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)の梅田駅、南端に南海鉄道(現 […] ...
ドボ鉄059外濠沿いの高架鉄道
東京の南のターミナルであった新橋と、北のターミナルであった上野を結ぶ鉄道は、1889(明治22)年の東京市区改正委員会の計画に基づいて具体化され、まず浜松町付近で本線から分岐し、のちに東京駅となる中央停車場までの高架鉄 […] ...
ドボ鉄058アーチ天井の地下空間
大阪市の地下鉄は、わが国で2番目の地下鉄道として、また公営交通としてはわが国最初の地下鉄道として、1930(昭和5)年1月29日に起工式を行い、1933(昭和8)年5月20日、現在の御堂筋線の一部である梅田仮停留場~心 […] ...