「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉(道後温泉)へ行くことに極(き)めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」(夏目漱石)
夏目漱石の小説「坊ちゃん」での一説にも登場し、日本最古の湯として知られる名湯「道後温泉」。その道後の湯の代表格である「道後温泉本館」は、明治27(1894)年に建造され、その後増改築を繰り返し、各時代の建築様式が重ねられた木造三層楼の有機的で壮麗な姿は、多くの人々を魅了し続けている。
その本館前の空間は、明治の絵図を広げると、創業当初から広場的な利用がされていたことが読み取れる。しかし、時代はやがて車中心の社会となり、本館を前に写真撮影をする観光客の前を車が行き交っていた。そのような中、平成21(2009)年に、<大手術>が行われたのである。
本館前の車道は、外側に集約され、再び広場空間が本館を取り込む形へと変貌した。この<大手術>後、本館前の空間は、人々が安心して温泉街をそぞろ歩きし、ここを基点とするアートイベント(オンセナート)が開かれるなど都市の活性化を促す機能を担っている。この空間では、いつまでも変わらない姿の傍ら、人々のエネルギーがいつも変化をつくり出している。混沌と湧き出る道後の湯のように。(片岡)