煉瓦は、明治時代の土木・建築の主要材料として用いられ、鉄筋コンクリートが実用化する大正時代まで使用された。煉瓦の製造は、工事現場の近傍に窯を設けて、必要に応じて製造する時代がしばらく続いたが、鉄道建設が全国に拡大するとともに、大規模な工場を設立して量産する時代へと移行した。煉瓦の大量生産によって、一定の品質が確保された煉瓦を、安定した価格で供給することが可能となった。
北海道炭礦鉄道では、1898（明治31）年に札幌郡江別村字野幌（現在の江別市）に直営の野幌煉瓦工場を設立し、徳島県出身の久保栄太郎が工場の責任者となった。久保は、東海道本線や北陸本線、奥羽本線など本州の工事現場を転々として煉瓦の製造にあたり、山梨県に煉瓦工場を設立したのち渡道した。野幌煉瓦工場は長男の兵太郎によって継承されたが、兵太郎の次男の久保栄は小説家となり、煉瓦工場を舞台とした小説『のぼり窯』（新潮社・1952）を著した。
「野幌練（ママ）瓦場」と題した絵葉書には、北海道開拓のシンボルで北海道炭礦鉄道の社紋であった五稜星が描かれ、写真では土練機から押し出された粘土を、ワイヤーで所定の大きさに切断している様子がわかる。切断した粘土は焼成を経て煉瓦となり、鉄道輸送によって各地の工事現場に出荷された。
北海道炭礦鉄道は1906（明治39）年、鉄道事業が国有化されたため、商号を北海道炭礦汽船に改め、野幌煉瓦工場はその傘下となった。1908（明治41）年には年間1100万個の煉瓦を生産してピークを迎えたが、コンクリート構造物の普及とともに生産量は減少し、1925（大正14）年に北海道窯業として独立したのち、1967（昭和42）年に廃業した。（小野田滋）（「日本鉄道施設協会誌」2020年7月号掲載）
Q&A
煉瓦はどのようにして製造するのですか？
水と粘土と細砂を練り混ぜて整形・乾燥したのち、窯で焼成します。窯は、だるま窯、登り窯、輪窯（「輪環窯」とも）などの種類がありました。粘土中の鉄分が酸化されて赤茶色に発色し、赤煉瓦と呼ばれる暖かみのある独特の色になります。日本は窯業技術が発達していたので、幕末には外国人の指導で国産煉瓦が長崎、横須賀、函館で製造開始されました。時々「当時の煉瓦は海を渡って外国から輸入された」と書かれた文献がありますが、赤煉瓦はすべて国産で、耐火煉瓦の一部のみが輸入されました。なお、江別市セラミックアートセンター（江別市西野幌）には、江別の赤煉瓦の歴史や製造工程などに関する資料が展示されていますので、興味のある方は是非訪れてみてください。（小野田滋）
”北海道炭礦鉄道・野幌煉瓦工場（北海道江別市）”番外編
北海道は、有名な赤煉瓦の建物がいくつもありますね。
鉄道建築でもいくつかあるぞ。
たとえば？
小樽市にある手宮機関車庫は国の重要文化財に指定されている。
ほかには？
鉄道工場の建物が多いな。苗穂工場や旧旭川工場の煉瓦建築が残っているぞ。あと、岩見沢にもある。
岩見沢はずいぶん立派な建物ですね。
元は北海道炭礦鉄道の車両工場だったが、今はJR北海道のレールセンターとして使われている。
この星印が北海道らしいですね。
五稜星のことだな。もともとは開拓史のシンボルだったが、そこから北海道のシンボルとしてこのマークがあちこちで継承された。
サッポロビールもこのマークですね。
北海道炭礦鉄道もこのマークだ。
絵葉書の左隅にありますね。
岩見沢工場は、映画のロケ地に使われたことがあるぞ。
また師匠得意のロケ地ネタですね。
1957（昭和32）年に公開された森一生監督の『敵中横断三百里』という、山中峯太郎原作の映画だ。
どんな場面で登場するんですか？
日露戦争が舞台で、中国東北部にあるロシア軍占領下の鉄嶺停車場構内という設定で登場する。
どうして岩見沢でロケしたってわかるんですか？
特徴のある妻壁の五稜星が映っている。
ＤＶＤがあるようだから、あとで見てみます。
そういえば、野幌名物の煉化もちを知ってるか？
煉瓦のように堅く焼いたお菓子ですか？
普通のあんこ餅だが、実は北海道炭礦鉄道野幌工場と深いつながりがある。
煉瓦を焼くついでにつくったとか？
野幌煉瓦工場を任されていた久保兵太郎が、経営に苦しんでいた雑貨店の店主に「煉化餅」の販売を提案して、1901（明治34）年から野幌駅で販売を始めて大人気になった。
「煉瓦」じゃなくて「煉化」になってますよ。
地元では「食べ物に瓦では具合が悪い」ということで「瓦」を「化」としたと伝えられているが、当時は一般的にも「煉化」とか「煉化石」という書き表し方があった。
「石」に「化ける」んですね。
煉化もちは、石川啄木の『雪中行』という紀行文にも登場するぞ。
今度は師匠得意の文人ネタですね。
啄木は1907（明治40）年12月に「小樽日報」を退社して、翌年１月に「釧路新聞」へ転職するが、その道中を描いていて、「白石厚別を過ぎて次は野幌。睡眠不足で何かしら疲労を覚えて居る身は、名物の煉瓦餅を買ふ気にもなれぬ。」ということでその頃には野幌の名物として知られていたようだ。
お疲れで食べ損ねたんですね。
啄木はそれから半年も経たないうちに釧路から東京へ出るから、煉化もちを食べ損ねたままだったようだ。
師匠は食べたんですか？
もうとっくに食べておる。
原稿は遅いくせに、こういうことだけは早いですね。
余計なお世話だ💢