東京駅の北側(現在の東京~神田間)から新橋駅の南側(現在の新橋~浜松町間)へ伸びる赤煉瓦アーチの鉄道高架橋は、建設時の名称を「新永間(しんえいかん)市街線高架橋」と称した。高架鉄道は市区改正設計(東京の都市計画)の一環として明治時代に計画され、ドイツから技術顧問としてフランツ・バルツァー(1857~1927)を招聘して設計が進められた。ちなみに、「新永間」は浜松町付近の旧地名である「新銭座」と東京駅付近の旧地名である「永楽町」の間であることを示し、現在では「東京高架橋」などと呼ばれている。
煉瓦アーチの高架橋と鋼桁を組み合わせた複々線の高架鉄道は、ベルリンの都市鉄道をモデルとしたもので、1909(明治42)年12月16日に、まず烏森駅(現在の新橋駅)~浜松町駅間が開業、翌年6月25日に有楽町駅~烏森駅が開業し、さらに同年9月15日には東京駅の北側に呉服橋仮駅を設けて呉服橋仮駅~有楽町駅間が開業した(呉服橋仮駅は1914(大正3)年の東京駅開業に伴い廃止)。
「高架鉄道線路」と題した絵葉書は、開業日を迎えた有楽町駅を高架橋の上から撮影した1枚で、装飾の万国旗がはためき、写真師が架道橋の主桁を足場として有楽町駅にカメラを向けている。左側では、まだ1両編成だった山手線電車がプラットホームに到着しつつあり、ちょうど有楽町駅から東京駅の方向を眺めた構図となっている。線路が敷設されていない右側の2線は、東海道本線の列車が使用する部分にあたるが、この2線が開業するのは、1914(大正3)年12月の東京駅の開業まで待たなければならなかった。
この高架鉄道は、ドイツ人技術者の提案に基づき、バックルプレートを用いた有道床式の鋼桁を採用したのが特徴で、まだ軌道が敷設されていない右側の線路では、その具体的な構造を観察できる。バックルプレート付きの鋼桁は、線路からの落下物や、騒音の防止に効果があり、都市内を縦貫するにふさわしい高架鉄道を実現した。こうして完成した高架鉄道は、百年後の現在もほぼ当時のままの姿で使用され、東京の鉄道輸送を支え続けている。(小野田滋)(「日本鉄道施設協会誌」2012年7月号掲載)
Q&A
バックルプレートとは何ですか?
バックルプレートは、床版に設けられる船底型の鋼板で、その内側に道床(どうしょう)バラストを充填して、その上に軌道を敷設します。こうした橋梁を、有道床(ゆうどうしょう)式橋梁(または閉床(へいしょう)式橋梁)と称し、上面にはアスファルトやモルタルを敷いて防水・防蝕を行います。新永間市街線高架橋でドイツから導入され、その後も都市部を中心に架設されました。空頭を確保でき、雨水や汚水を防ぎ、騒音が少ないという長所がありますが、排水処理や鉄板の防蝕など保守管理が難しく、構造が複雑となるため工事費もかかりました。昭和戦後期になると鋼床板を用いた橋梁が普及し、バックルプレートは廃れました。(小野田滋)
”東海道本線・第2有楽橋架道橋(東京都千代田区)”番外編
師匠。鉄道の騒音は、この時代から問題になっていたんですか?
公害のような社会問題にはなっていなかったが、むしろ鉄道側が騒音に配慮したことになるな。
どういうことですか?
当時、外国の高架鉄道には、鉄桁式と煉瓦アーチ式の2種類があった。
どこで使ってたんですか?
鉄桁式はアメリカのシカゴやニューヨーク、煉瓦アーチ式はドイツのベルリンで使われた。
どんな違いがあるんですか?
鉄桁式は頑丈で軽くできるが、列車が通過するときの騒音が大きくて、鉄を使うから建設費も高額だ。それに線路からの「落下物」にも無防備だ。
騒音と価格と「落下物」に問題ありってことですね。
煉瓦アーチ式は騒音が少なくて建設費も安いが、強度は鉄桁ほどではなく、構造物の重量も重くなるから地盤に負担がかかる。
日本はどちらにしたんですか?
都市内に建設される高架橋は騒音を少なくする必要があるとして、煉瓦アーチ式を選んだ。
先見の明があったってことですね。
ところが、道路を跨ぐ部分は広い空間が必要だから、鉄桁を使わざるを得なかった。
そこだけ騒音が大きくなってしまうってことですね。
そこで考えたのが、煉瓦アーチ区間と同様に、路盤にバラストを敷き詰めることだ。
たしかに鉄桁は、桁の上に直接まくらぎを載せているから、騒音が大きいですよね。
鉄桁の路盤に「船底」のような鉄板を張って、その上にバラストを敷き詰めた。
効果はあるんですか?
鉄桁だからそれなりに騒音は大きいが、少しだけくぐもったような低い音になる。
でも「船底」にしたら、雨水が溜まっちゃいますよ。
底に排水パイプを設けて水を抜いている。
あっ。写真を見ると底に縦方向のパイプが並んでいて、横方向にも細長い樋(とい)がありますね。
つまり縦のパイプで水を落として、横方向の樋でこれを脇へ流している。
これなら雨の日でもガードの下を傘なしで歩けますね。
それでも底に水が溜まりやすい構造だから、錆が出たりしてメンテナンスが大変だ。
たしかに、鉄桁だから色を塗り替える時も砕石を取り除かなければならなくて、手間がかかりそうですね。
手間はかかるが、騒音が少なくて水も漏れないから、都市内に架かっている鉄桁ではあちこちで使われているぞ。
今度ガードをくぐる時には、注意してみます。
橋梁はくぐる時に下から見上げると、上から見えないいろいろな仕組みがわかるぞ。
橋は上から目線でなくて、下から目線ってことですね。