四国インフラ042 海岸沿いの耕作地:石積み・棚田4
海岸沿いにある集落は漁や養殖をするとともに、山地の斜面を農地として利用してきた。つまり、身近な環境にある食料資源を複合的に活用し、生業としてきた。農地で育てる作物は、自給自足の生活をするための穀物であったが、次第に桑や芋 […] ...
四国インフラ034 尾根における生活の場:石積み・棚田3
主に19世紀以降、山の斜面に水路を整備し、山林の一部や段々畑を棚田にするようになり、元々は水量が少ない尾根筋が一面壮大な棚田になった。張り出した地形一面が耕作地となり、生産効率は上がるが、水路が破損したり土砂が溜まるなど […] ...
四国インフラ016 谷戸における生活の場:石積み・棚田2
水稲を育てるためには豊富な水が必要である。棚田をつくる際に水源と田んぼの位置関係と、いかにして水を引き込むかということは最も大切な問題の一つであった。小規模な開墾が可能であったことから、豊富な水量の湧水点がある谷地形に沿 […] ...
四国インフラ013 生活の場を築く石積み:石積み・棚田1
山の斜面に生活の場を築くためには、平らな土地を造成し、近くで採れる石を使って壁をつくる必要があった。山奥の斜面に住むことは現代の生活スタイルからすれば不便だが、合理的な理由があった。谷筋を流れる水が得られやすく、川の氾濫 […] ...
四国インフラ082 栗林公園
高松藩主松平家11代の下屋敷に作られた庭園で、完成に至るまで100年以上の歳月がかけられたと言われている。池と島のある「池泉回遊式庭園」の形をとっており、「一歩一景」をウリにしている。ここは日本三名園にははいっていないが […] ...
四国インフラ077 丸亀城・丸亀港
丸亀城は、讃岐一国を治めていた生駒親正が西讃岐支配のために慶長2(1597)年から5年をかけて築城したものの、一国一城令により廃城となった。その後、讃岐は二分され、寛永20(1643)年より山崎家治が西讃の拠点として再建 […] ...
四国インフラ071 豊稔池堰堤
豊稔池堰堤は、よく「中世ヨーロッパの古城のようだ」と言われる。阿讃山脈を分け入る柞田川上流の緑深い山間に、風雨にさらされながらも長い年月を経て佇んできた堰堤には、そう例えられるだけの風格がある。 豊稔池堰堤の特徴は、全国 […] ...
四国インフラ046 佐田岬半島の石垣群
佐田岬半島は、中央構造線に沿って四国西端に突き出す約40kmのごく細長い半島である。北に瀬戸内海伊予灘、南に宇和海。豊後水道に屏風のように突き出ている格好だ。八幡浜より車で入ってから先端までが長い。何しろ40kmある。リ […] ...
四国インフラ029 高知城
広大なデルタ地帯である高知平野には、ところどころに小山のような微高地が突き出ている。鏡川の北側に突き出たひときわ大きな小山−大高坂(おおたかさ)山−に築城されたのが高知城だ。大高坂は、南の潮江川(鏡川)と北の江ノ口川(大 […] ...