四国インフラ075 琴平

すべての<動脈>はこんぴらさんへ通ず


瀬戸内海からよく見える象頭山の中腹に「こんぴらさん」こと金刀比羅宮はある。古来より海の神様や広範な神様として信仰され、民謡「金比羅船々」は金比羅参りを歌ったものだ。

金比羅船々 追い手に 帆かけて シュラシュシュシュ
回れば 四国は 讃州(さんしゅう) 那珂(なか)の郡(ごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金比羅大権現(だいごんげん)
いちど まわれば

門前町の琴平にある慶応元(1865)年完成の高灯籠は、航海する船の指標として建てられ、船上から拝む際の目標灯となっていた。江戸時代、伊勢参りに次いで人気だった金比羅参りは「すべての道はこんぴらさんへ通ず」と言われるほど参詣道が発達。特に利用者が多かった丸亀、多度津、高松、阿波、伊予・土佐からの道は「金比羅五街道」と呼ばれ、道標や丁石が建ち並び宿場が栄えた。

近代になると参詣の主流は鉄道に変わった。後に国有化された讃岐鉄道が明治22(1889)年に乗り入れたのを皮切りに、大正12(1923)年に琴平参宮電鉄、昭和2(1927)年にことでんの前身である琴平電鉄、昭和5(1930)年に琴平急行電鉄が次々と乗り入れ、それから約14年もの間、琴平には4路線の鉄道が集結していた。価格競争やPRポスターによる宣伝活動など、鉄道会社はあの手この手で利用者を引き込もうと躍起になり、地方のまちとしては非常に珍しい状況であった。しかし、琴平急行電鉄は昭和19(1944)年に休止され、昭和23(1948)年には琴平参宮電鉄に合併となった。その琴平参宮電鉄も、自家用車の普及やモータリゼーションの影響を受け、昭和38(1963)年に全線が廃止された。現在は四国旅客鉄道(JR四国)と高松琴平電気鉄道(ことでん)の2路線が運行している。

金比羅参りが盛んになったことで、こんぴらさんにつながるたくさんの<動脈>が生まれ、発達した。琴平は、讃岐の隠れた<心臓>であったのかもしれない。(板東)

この物件へいく
参考文献

草創の会編:金比羅参詣道 讃岐の街道,草創の会,2006.
後藤洋志:琴電-古典電車の楽園 讃岐に生きる大正ロマンのオールドタイマー,JTBパブリッシング, 2003.

種別 都市・エリア
所在地 香川県仲多度郡琴平町
Back To Top