ドボ鉄113天竜峡を跨いだトラス
愛知県、静岡県、長野県の3県を跨ぐ山岳地域は、旧国名を合わせて「三遠南信」地方と呼ばれ、豊橋と辰野の延長195.7kmを結ぶ飯田線は、中央構造線沿いの急峻な地形をたどりながら敷設されている。飯田線は、1943(昭和18 […] ...
ドボ鉄112メチャメチャになった馬入川の鉄橋
1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災は、関東一円の鉄道構造物に甚大な被害を及ぼしたが、とりわけ神奈川県下と千葉県下の被害が大きかった。東海道本線の茅ヶ崎~平塚間に架かる馬入川(ばにゅうがわ)橋梁では、上下 […] ...
ドボ鉄111元町への延長線
1905(明治38)年に大阪(出入橋停留場)~神戸(三宮停留場)を結んだ阪神電気鉄道は、軌道法によって敷設されたため、そのほとんどの区間が併用軌道であった。しかし、大正時代になると阪神急行電鉄(阪急電鉄)が神戸市内への […] ...
ドボ鉄110関東大震災に耐えた高架橋
今から100年前の1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災は、東京、横浜を中心とした関東地方南部に甚大な被害をもたらし、死者・行方不明者は約10万人を数えた。1910(明治43)年に完成した東京~新橋間の煉瓦 […] ...
ドボ鉄109牛の寝ているような橋
鋼橋は、トラス(構桁)とプレートガーダ(鈑桁)に大別されるが、その中間的な橋梁形式として、鈑構桁が考案された。1914(大正3)年、東京駅の開業にあたって電車線(山手・京浜線)と列車線(東海道本線)の分離運転が開始され […] ...
ドボ鉄108三宮への進出
1910(明治43)年、梅田~宝塚・箕面間を結んだ箕面有馬電気軌道を始祖とする現在の阪急電鉄は、さらに有馬をめざしたが、六甲山地の急峻な地形に阻まれ、計画を断念せざるを得なかった。また、当時の沿線は農村地帯であったため […] ...
ドボ鉄107高架下の駅
鉄道の高架下をそのまま駅施設として利用することは、今では珍しいことではないが、かつての駅は独立した駅本屋を建てることが定石だったので、駅本屋を建てずに高架下に駅のすべての機能を収めることは斬新な発想であった。高架鉄道自 […] ...
ドボ鉄106大阪環状線の全通
大阪環状線は、城東線と呼ばれた東半分の区間を母体として、西成線や大阪臨港線といった既設の路線を結んで完成した。このうち、西九条から安治川を渡り、弁天町を経て大正付近へ至る区間は、新設線として建設され、PC(プレストレス […] ...
ドボ鉄105山陽鉄道の解散
1872(明治5)年に開業した日本の鉄道は、国家事業として官設により建設が進められたが(いわゆる官設鉄道)、1883(明治16)年に民間資本による私設鉄道として日本鉄道(現在の東北本線や常磐線の前身)が開業し、以後、東 […] ...
ドボ鉄104戸口から戸口へ
わが国の鉄道分野におけるコンテナ輸送の歴史は、1931(昭和6)年に鉄道省が1トン積の鋼製コンテナ(イ号コンテナ)を100個製作して輸送を開始したことに始まるとされる。この試みは、荷主の好評を得たため、さらに150キロ […] ...